水曜日, 4月 23, 2008

聖火

聖火リレーでいろいろもめていますね。今やっているのは、聖火リレーというより聖火の護送です。そこまでしてする意味があるかどうか疑問を感じます。隠れてする聖火リレー、見えないように走る有名人ランナー、いずれも逆説的ですね。

自分は今までに2度、聖火リレーを見たことがあります。一度目は東京オリンピック(1964年)。ギリシャから届いた聖火は4つか5つのルートに別れて全国を走りました。自分は小学校4年生で、石川県を走り抜ける聖火を学校の課外活動として見に行きました。ルートは国道8号線で、学校から徒歩30分ほどあります。通過時刻の約1時間前に田んぼの真ん中を走る国道の両側に並んでまっていました。まず遠くに白い煙が見えて、それからパトカー(まだ珍しかった)数台のあとに、白バイに囲まれて聖火ランナーが駆け抜けていきました。その後ろを数人の同じ衣装の補欠ランナーが駆けて行きました。上下真っ白の短パンのユニホームと長く伸びた聖火の白い煙が印象的でした。その当時は当たり前ですが、われわれの前を聖火が通過する時刻はきわめて正確でした。たぶん秒単位で白バイが先導していたと思います。聖火ランナーも笑顔は無く、緊張した面持ちでキリット前を見つめてよそ見せず正統的なフォームで一定の速度で駆けてゆきました。 見るほうもきちんと整列して拍手はするも掛け声や私語は謹んで拝見しました。

2度目は1984年のロサンゼルスオリンピック。留学中のスタンフォード大学で見ました。聖火は大学に通ずる大きな道を走って大学のスタジアムで一泊する予定でした。到着時刻は21時ごろということでした。20時ごろから大勢の人が集まってきて、ロックをかけて踊ったり、バーベキューをして騒いだりしています。見る人の服装も短パンにTシャツ。ところが、待っても待っても聖火はきません。立ってまってるのも限界と思われた24時前に、予定の3時間遅れでようやく聖火がやってきました。遅れたわけはすぐわかりました。聖火ランナーは走っていなく歩いていました。周りの人に手を振ったり、握手したり。周りの人もほとんど取り囲んでしまって、ランナーは走れません。でもみんな楽しそうでした。ランナーは確かコカコーラの抽選にあたった人が100mづつ走っていたように記憶しています。
そして夜の12時ごろからスタンフォードの学長や市長が挨拶に立って、聖火の到着式をしましたが、移動式の遊園地はできるは、食べ物を売るトラックはくるは、大変な騒ぎでした。でもアメリカ的な楽しさがありました。