火曜日, 10月 07, 2008

ラオス3日目医科大学

夜半から朝方まで雨でした。夜明けごろに雨は上がりましたが、気温は低いままです。寒暖計がないのでわかりませんが体感的には25度くらいでしょうか?
今日の朝食はチキン入りの朝粥です。よく炊き込んであって美味です。
 
午前中は病院の中の事務所にこもって、プロジェクトの進行状況などを団長から教えていただきました。傍目からは順調に見えても、何事も山あり谷あり、悩みの尽きないことで大変です。
とはいえ、大きな道はまっすぐと目的に続いている様でよかったです。
日本で研修したウァさんが友達と尋ねてきました。相変わらず元気です。友人は放射線医だそうですが、病院のCTが故障しており、修理に500万円近くかかるそうなのでいつ直るかわからないそうです。
ウァさんは午前中は病院で指導医、午後は大学で家庭医療コース担当の教員と忙しそうです。
 
お昼は病院の食堂で、定番中の定番、ラオス流のラーメンです。これに香草やもやしを載せて混ぜて食べます。もやしもなまで食べることになります。結構しゃきしゃきしておいしいです。 
奥に写っているのはデザートのタピオカ。バナナも入っていて30円くらい。ラーメンは100円くらい。
 
午後、大学に行きSing教育担当副学長とお会いしました。6月にお会いしたときは、身内に不幸があり僧侶の役をやったあとで頭も眉もそっていたのですが、今回は結構生えそろっていました。
 
大学の写真です。この建物は講義棟です。何度見ても本当におんぼろです。でも見れば見るほど風格もあります。かつての統治国フランスの影響を感じます。

ラオスではいろいろなところでフランスの影響を感じます。パンはみんなフランスパンでおいしいし、ワインもおいしいです。とはいえ、ラオスの日とはフランスに好感を持っているかというと必ずしもそうではないと個人的に感じます。人の心の本音はわかりにくいです。日本人に対しては本心はどうなのでしょうか?
WHOラオス事務所に勤務されている日本の医師を紹介され、夕飯をご一緒しました。食事はラオス料理の老舗中の老舗と紹介されているお店です。
 
先生は、カンボジアに4年、ラオスは3年目だそうです。非常にまじめで信頼できる方です。

ビール2本でたらふく食べ21ドルでした。今日は物価も紹介いたしました。

月曜日, 10月 06, 2008

ラオス第2日目秋の夜長

ラオスでのお仕事の実質初日です。2時間の時差のため4時ごろに目が覚め、時間をつぶしてから朝食へ。メニューは変わらず、初日は麺スープ。麺はビーフンで、野菜たっぷり、チキンと卵豆腐も入っています。
 
ホテルに棲みついている犬。名前は知りません。人見知りしません。
写真では大きく写っていますが、短足胴長のちびです。

830ごろ病院に出勤。人形の看護婦さんが迎えてくれました。月曜日のせいか、患者さんも多そうに見え、一安心です。(自分が院長なわけでもないのにそう思いました。日ごろから経営を少しは考えているためでしょうね)

今は花の季節のようです。庭は結構な花盛りです。
 
仕事は、11月に開催予定の指導者研修のプランを作成すること。日程は11月4-6日と一気に決まり、自分は参加できないのですが、充実したプランを作成しましょう。自分がいる時は自分の考えで臨機応変が効くのですが、いないとなればマニュアルというか手引きを事細かに文書化する必要がありそうです。いずれにせよ、現場の研修指導者の力量に任せるしかないのですが・・・
昼食は定番のチャーハン。写真は省略。
帰り道に、携帯電話を買い求めました。モトローラ製で、96ドル、約1万円です。それに入れるシムカードが6万キップ、約600円くらい。使い方をマスターしていないのと、かける相手が同僚1人だけなので、後日また報告します。
夕飯は、ベトナム料理、ベトナム風しゃぶしゃぶです。

たれは3種類、左から辛いもの、甘いもの、甘酸っぱいもの。自分は右のものが好きでした。
生春巻きは、日本のより香草がおおくおいしかったです。
お肉を右のなべでしゃぶしゃぶにしてたれをつけていただきます。野菜も茹でていたらほかのテーブルの皆さんは煮たお肉をこの野菜に巻いて食べていました。茹でるのはどうも肉だけのようです。手前のそうめんみたいなものも巻いて食べていました。
いずれにせよ満足、満足。汚い屋台のような店でしたが、おいしかったです。

腹ごなしにメコン川の河原に行ったら、文字通りお祭り騒ぎです。ボートレースまであと10日もあるのに、大勢の人が地面から沸いて出てきたように騒いでいました。昨日まであんなにあった土嚢も全部片付けられて、川の土手はにわか遊園地です。夜8時なのに幼児も大勢騒いでいました。
 
にわか屋台でくしに刺した焼肉や焼き魚を売っています。右は竹筒に入ったご飯との事。
 
昨日作っていたジェットコースターです。高さ5m、2回回るだけなので30秒くらい、だから1回につき4,5ラウンドします。こんなちゃちなものでも黄色い悲鳴が雰囲気を盛り上げていました。
 
車と車がぶつかり合うゴーカート。結構な人気です。

矢を投げて風船を割るものとか、Y字の気にゴムを着けたパチンコで的を倒すものなど射的のお店も多いです。その中で、小学低学年くらいのこの少女がかいがいしく働いていました。自分も遊びたいだろうに一生懸命大人びた顔して働いていました。健気です(^_^.)
 
風船滑り台も設置されていました。
不思議なことにこれらの遊具はまったく同じものが2つ3つあるようです。バラエティが少ないです。
それでも、豪華絢爛たるTDLよりも、素朴で幸せそうでした。

日曜日, 10月 05, 2008

ラオス第1日目

日曜日は、朝6時に病院長がゴルフに迎えに来てくれます。いつものゴルフ場へ。50・44で後半は落ち着いたゴルフができました。7時ごろ出て、12時には終わりました。
病院長兼国会議員のソムアッツ先生のスイング。
今日はビエンチャン市長もいました。ミタハーブ病院の院長先生とご一緒にプレーしました。
今日のキャデーさん。左が自分についたウーさん、17歳だそうです。
<飛び入りラオス語講座>
お名前は? チャオスーニャン
お年は? アーニュチャックビー (答えられても良くわからないけど)
お昼は、日本からほかのプロジェクトの中間評価に来ている国立国際医療センター国際部の明石さんとメコン川河原でゆっくり2時間をかけビールを飲みました。
メコン川は満杯、洪水になったときに積んだ土嚢がまだ放置されています。

土嚢の左側がメコン川になりますが、もう屋台ができています。
 
メコン川遊覧船が初お目見え。
来週、国家的イベントであるボートレースがあるため、屋台やにわか遊園地などが作り始められています。ボートレースの日は学校も病院もお休みだそうです。
 
ジェットコースターを作っています。安全性など考えてはいないようです。
ビールを飲んで日向をぶらぶら歩いていたら、軽い日射病になったようです。急いで歩けなくなるのですね。ようやくホテルにたどり着いて、水分補給をして2時間ばかし昼寝したら無事回復。夕飯は休めの日本料理店でアジフライ定食。一緒に言った大西先生はそうめん。今回は地味に始まりました。帰り道、ちょうど夕立が襲ってきました。大粒の雨、雷、日本と同じです(日本が熱帯と同じなのか?)。
 
町の仏塔は相変わらずこの町を見ていました。
国際協力でこのような開発途上国に来ているときの気持ちを聞かれました。最初は、結構肩に力が入ったのですが、今は力も抜け、第二のふるさとのように楽しめるようになって来ました。なんと言っても治安が良いのがいいです。
成果については、多少の不安はありますが、できることは限られているので着実にひとつずつするのがよさそうです。
今回の仕事の目標は
●臨床指導者研修(TOT;training of teachers)の計画、内容の作成。
それ以外の自分の目標は
●ダイエットで脂肪のみならず筋肉も落ちたので、筋トレをすること。
●。お産と、麻酔を見学し、少しは医者らしくなること
●ゴルフの調子をよくすること
どれも簡単な目標です(^_^.)

土曜日, 10月 04, 2008

ラオス第0日目

今日からラオス出張です。18日土曜日まで2週間の予定です。
いつものように間際にならないと準備がはかどりません。午前230に起きてパッキングを始めて、5時ごろ要約準備でき、6時すぎに自家用車で出発しました。やや混んでいて8時前に成田に着きました。
民間駐車場をSUN ParkingからGoGoパーキングに変えました。料金は約半額で、2週間で5300円くらいでした。

タイ航空機
 
ビジネスクラスの食事
1100発のタイ国際航空でビジネスクラスです。とは言っても食事はたいしたことないです。

出発直後に伊豆大島が良く見えました。岡田港、元町港、そして右端は波浮港、懐かしかったです。

その後は映画も見ずに爆睡、6時間のフライトのうち、3時間くらいは寝て、あとは本を読んでいました。インドシナ半島の上は、湿気が多いため雲が多く入道雲が大きく発達していました。

現地時間1500(日本時間1700)にバンコクに到着、2000まで5時間ラウンジでじっとしていました。あまりお酒も飲まずに、時々お菓子を食べながら読書したり、iPodで沢田研二を聞いたり退屈で贅沢な時間を過ごしました。
インターネット環境がいいので、仕事も結構はかどりました。
2100(日本時間1900)にビエンチャンに着き、かって知ったる空港、一番で通関して荷物も一番でピックアップして、迎えのホテルの車に乗って10分、2140くらいにはチェックインできました。雷と土砂降りの雨、この時期、毎晩局所集中豪雨があるそうです。

金曜日, 10月 03, 2008

会議だらけ

朝の便で帰京。1030には職場におりました。関西からでも通えそうですね。

午前中地方の病院の院長先生が尋ねてきてくれ、意見を交換しました。静岡県の西部ですが、内科医が足りないそうです。小児科や、産科医はいても、根本の内科がいないと難しいようです。内科も循環器、消化器、糖尿、呼吸などなど細分化され、患者もそれぞれの専門にかかりたがるので、集めるのが大変だそうです。特殊な症例でなければ、自分でも一渡りできるのですが、最近は患者がそれでは納得いかないようです。
折もおり、知り合いの人が、整形外科にかかりたいとのことで紹介状をとりにこられました。友人に聞いたら整形も、脊椎と手(上肢)と、股関節と、膝関節と、外傷・身長の伸延あたりに分かれて入るそうで、膝の専門を教えていただきました。膝しか見ない医師も必要でしょうが、全国で何人もいらないように思いますが・・・
午後は、OSCEの全国説明会、そして内輪のOSCE改革委員会、さらにホテルである雑誌の編集委員介を自分の師匠として、最後に9時まで筑波大学などと専門医研修の交流の検討会。大きな予算がついたので、お金の使い道の検討など気合が入っています。今年度分はすぐに使わないといけないそうで、景気の良い会議でした。報告書の提出の議題のときは、サボろうかなぁ。
専門研修医(卒業後3年ー6年)が東京とつくばや栃木を行き来する計画ですが、給料も違うし住居も変えなければならないしアルバイト先も探さないといけないし、思ったより大変です。

木曜日, 10月 02, 2008

休みのはずが・・

土曜日日曜日の仕事が続いたので、今日はできるだけアポを入れずに休みにしようと思っていたのが、ちょっとした不始末で、日本財団にお詫びに入ってきました。赤門前の扇屋で赤門餅を人は子買い求めてお詫びに入ったら、快く迎えていただき、かえって人間関係が深まったようです。
午後はそれなりに仕事ができ、また、文献検索でPCをあれこれいじっていたら時間が過ぎてゆきました。
夕方、関西へ移動。1730発の飛行機だったのですが、茜色の雲海の上に富士山の上半分だけ飛び出していて絶景でした。カメラを荷物に入れてあり撮影ができなくて残念でした。
もう6時だと真っ暗ですね。秋の夕日はつるべ落とし。秋の夜長は何をしましょうか?

杞憂と思いますが、winter depressionというのがあり、冬の時期、うつ病が多いです。人間も動物、夜が長いと根拠のない不安にかられるようです。皆様ご自愛下さいませ。

水曜日, 10月 01, 2008

脳死移植

今日から10月、本格的な秋です。これからもブログを読んでやって下さいませ。
今日は、朝8時から、4年生の少人数グループ授業。(ゼミと同じで先生の都合で開始日時が勝手に変更になります)
脳死と脳死移植を考える4回目。まとめとして、どうして日本は脳死移植が少ないのか?という質問にあまり積極的な意見はなかったです。かつてはいろんな意見が出たのですが、今の医学生には移植医療そのものがもうすでに最先端の医療ではなくなってきているようです。とはいえ、iPS細胞を使った再生医療はまだまだ先の話でしょうし、今後どうなるのでしょうか?
そもそも、日本の国力から考え年間何例の脳死移植があれば適正なのでしょうか?国民性や死生観といったものも関与するので、一概に適正数は決められないでしょうね。それにしても脳死移植法成立から10年近くで70数例というのは、少ないです。
日本人は、CTやMRIなど最先端の検査は好きですが、最先端の治療に対しては保守的な感じがします。