朝、金沢から帰京し、自治医科大学看護学部で講義。プロフェッショナリズムのお話。看護婦の中の看護婦とはどんな人か?という話。免許を持っている、知識が豊富、経験があるなど表面的な意見が目立ったので、結構強く叱ったら、その後は誰一人寝ずに、眼を輝かせて授業に参加してくれました。
夕方自大学で少人数講義。「自分が一生、医療事故を起こさないようにするためには・・」というテーマでKJ法で話し合う。その後、学生たちとノミニュケーション。
日本歴史の名言(河出文庫)という本を読みました。日本史の場面、場面での名言とその背景が書いてあり、楽しみながら日本史の復習になりました。
ひとつ二つご紹介します。
虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願ひも尽きむ (空海)
空海が高野山を開いたときの、「永遠の誓願」の一説。意味は、文字と逆で、この夜がある限り、ひとがある限り、悟りの世界がある限り、自分の念願は限りなく行き続ける。その念願とは、いきとして生きるもの全てが仏の救済に預かることだそうです。
七生まで只同じ人間に生まれて、朝敵を滅ぼさばや (楠木正孝)
楠木正成の弟。足利尊氏に敗れ、正成とともに自害するときに、正成に何を念じたと聞かれたときの言葉。仏教では人間に生まれるのは7回までと決まっているそうで、そのたびごとに尊氏を滅ぼしたいとのこと。これが、戦時中のスローガン「七生報国」の元になったそうです。
どういうわけか、自分は中学でも、高校でも南北朝の頃の話を訊いていないように思います。鎌倉時代からすぐに応仁の乱に飛ぶのです。室町以前は飛ばされ、室町時代は文化が中心で政治は義政のみ、したがって日本史の空白が生じています。
国家人民のためにたてたる君にして、君のために立てたる国家人民はこれなし (上杉治憲 伝国の詞)
治憲は鷹山(ようざん)という号のほうが有名ですね。上杉家は謙信亡き後、江戸時代は米沢藩15万石まで小さくされ、その頃に出てきた名君です。
ああ、飛騨がみえる! (女工哀史)
ああ野麦峠の中に出てくる言葉ですね。映画では大竹しのぶが演じていました。
総じて、政治家、武士の言葉は演説であり、人民を鼓舞するものであり、またパフォーマンスに似た建前の世界であり、彼らの言葉は「くさい」ものが多いです。意外とというか、さすがというか、宗教人の言葉は大きさを感じるものが多いですね。高杉晋作がどの範疇に入るか分かりませんが、彼もとぼけて大きいです。
三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい
金曜日, 11月 30, 2007
傘寿のお祝い
今日は、午前中から会議で、午後は自治医科大学看護学部での講義、今日のテーマは、医療安全。結構楽しい授業でした。パワーポイントを紹介したいです。
実は、時間を間違えて早く着きすぎたので、自治医科大学病院地下で床屋さんに行きました。下手ではないものの、9月の尼崎の名人には及ばないですね。
夕方は、神田学士会館で、3代前の小児科名誉教授の傘寿の会。大勢の人が集まっていました。挨拶で、今までのご活躍の紹介や、ご指導への感謝は当然として、これからもますますご活躍くださいというのはかわいそうな気もしました。
それが終わって、大学に戻ってきたら秘書さんがいました。
「傘寿は80歳のお祝いですね。なぜだか知っていますか?」
「かさですか?分かりません。」
「傘を略字で書くと八十と書くからですよ。それでは、卒寿というのは何歳か知っていますか?」
「卒業の卒ですか?」
「これも略字で書くと九十と書くからですね。米寿は?」
「88歳ですよね。米を分解すると八十八になるからでしょう。」
「良く知っていますね。」
「この前先生から習いました。忘れたんですか?」
「白寿は?」
「分かりません。」
「99歳です。」
「どう分解しても九十九にはなりませんが・・・」
「これは、とんちで、百から一をひいて、白になって九十九歳です。」
「それなら日寿は98歳で、口寿は97歳ですか?」
「そなことはいわないです。喜寿は何歳ですか?」
「わかりません」
「77歳です。喜という字を草書体で書くと七十七に似ています。」
「先生良く知っていますね。草書体で書いてみてください。」
「書けません。古希は何歳ですか。」
「70歳ですか?」
「良く知っていますね。」
「勘です」
「論語に、吾十有五にして学に志すから始まって、 三十にして立つ、四十にして惑はず、五十にして天命を知る、六十にして耳順ふときて、七十にして心の欲する所に従いて、 矩(のり)を踰(こ)えずとあります。」
「すごいですね、先生論語を良く知っていますね。そのあとに、70歳は古希というとあるのですか?」
「ごめん、古希は、論語ではなかったみたいです・・・(註1)。還暦というのは何歳か知っていますか?」
「赤いちゃんちゃんこを着るやつですよね。なぜ60歳を還暦というのですか?」
「子丑寅・・・というのは知っていますよね。十二支ですよね。それ以外に、甲乙丙丁・・というのがあってこれが十個あります。」
「甲が優、乙が良、丙が可で丁が不可というのですよね。その続きもあるのですか?」
「十個あるのですが、僕もいえません(*^_^*)(註2) それに成績の順ではなくむしろ方角を表していたのではないでしょうか?日本語の読み方もあり、甲をきのえなどと読みますよね。ひのえうまなどといいますね。」
「先生、漢字で書けるのですか?」
「漢字では書けません。ひのえうまに生まれた女は、男を食うということで嫌われますよね。だから、いつも丙午のときは、子供が少ないですね。」
「何で、女だけでなく、男も少ないのですか?食べられたのでしょうか?」
「これは迷信で、ほんとうに食べられるわけはありません。そいで、十二支と、十干の最小公倍数というのは分かりますか?」
「先生、私、文科系なんですけど・・」
「2と3の最小公倍数というのは、どちらの数でも割り切れる一番小さな数ですね。だから6。12と10の最小公倍数というのは60になりますね。だから、60歳を還暦といいます。」
「その、暦が回るというのがよくわからないのですが・・暦が回って戻ってくるというあたりがわかりにくいです。」
これから先、泥沼の解説が続きました。赤ちゃんに戻るから赤いちゃんちゃんこを着るあたりまで理解してもらえたでしょうか?
註1 古希は70歳のこと。唐の詩人杜甫の曲江詩「人生七十古来稀」に由来するという。論語ではありません。
註2 甲(こう)乙(おつ)丙(へい)丁(てい)戊(ぼ)己(き)庚(こう)辛(しん)壬(じん)癸(き)ちなみに別の読み方だと甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)
実は、時間を間違えて早く着きすぎたので、自治医科大学病院地下で床屋さんに行きました。下手ではないものの、9月の尼崎の名人には及ばないですね。
夕方は、神田学士会館で、3代前の小児科名誉教授の傘寿の会。大勢の人が集まっていました。挨拶で、今までのご活躍の紹介や、ご指導への感謝は当然として、これからもますますご活躍くださいというのはかわいそうな気もしました。
それが終わって、大学に戻ってきたら秘書さんがいました。
「傘寿は80歳のお祝いですね。なぜだか知っていますか?」
「かさですか?分かりません。」
「傘を略字で書くと八十と書くからですよ。それでは、卒寿というのは何歳か知っていますか?」
「卒業の卒ですか?」
「これも略字で書くと九十と書くからですね。米寿は?」
「88歳ですよね。米を分解すると八十八になるからでしょう。」
「良く知っていますね。」
「この前先生から習いました。忘れたんですか?」
「白寿は?」
「分かりません。」
「99歳です。」
「どう分解しても九十九にはなりませんが・・・」
「これは、とんちで、百から一をひいて、白になって九十九歳です。」
「それなら日寿は98歳で、口寿は97歳ですか?」
「そなことはいわないです。喜寿は何歳ですか?」
「わかりません」
「77歳です。喜という字を草書体で書くと七十七に似ています。」
「先生良く知っていますね。草書体で書いてみてください。」
「書けません。古希は何歳ですか。」
「70歳ですか?」
「良く知っていますね。」
「勘です」
「論語に、吾十有五にして学に志すから始まって、 三十にして立つ、四十にして惑はず、五十にして天命を知る、六十にして耳順ふときて、七十にして心の欲する所に従いて、 矩(のり)を踰(こ)えずとあります。」
「すごいですね、先生論語を良く知っていますね。そのあとに、70歳は古希というとあるのですか?」
「ごめん、古希は、論語ではなかったみたいです・・・(註1)。還暦というのは何歳か知っていますか?」
「赤いちゃんちゃんこを着るやつですよね。なぜ60歳を還暦というのですか?」
「子丑寅・・・というのは知っていますよね。十二支ですよね。それ以外に、甲乙丙丁・・というのがあってこれが十個あります。」
「甲が優、乙が良、丙が可で丁が不可というのですよね。その続きもあるのですか?」
「十個あるのですが、僕もいえません(*^_^*)(註2) それに成績の順ではなくむしろ方角を表していたのではないでしょうか?日本語の読み方もあり、甲をきのえなどと読みますよね。ひのえうまなどといいますね。」
「先生、漢字で書けるのですか?」
「漢字では書けません。ひのえうまに生まれた女は、男を食うということで嫌われますよね。だから、いつも丙午のときは、子供が少ないですね。」
「何で、女だけでなく、男も少ないのですか?食べられたのでしょうか?」
「これは迷信で、ほんとうに食べられるわけはありません。そいで、十二支と、十干の最小公倍数というのは分かりますか?」
「先生、私、文科系なんですけど・・」
「2と3の最小公倍数というのは、どちらの数でも割り切れる一番小さな数ですね。だから6。12と10の最小公倍数というのは60になりますね。だから、60歳を還暦といいます。」
「その、暦が回るというのがよくわからないのですが・・暦が回って戻ってくるというあたりがわかりにくいです。」
これから先、泥沼の解説が続きました。赤ちゃんに戻るから赤いちゃんちゃんこを着るあたりまで理解してもらえたでしょうか?
註1 古希は70歳のこと。唐の詩人杜甫の曲江詩「人生七十古来稀」に由来するという。論語ではありません。
註2 甲(こう)乙(おつ)丙(へい)丁(てい)戊(ぼ)己(き)庚(こう)辛(しん)壬(じん)癸(き)ちなみに別の読み方だと甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)
火曜日, 11月 27, 2007
川柳
「おっかぁ、また越すのと孟子言い」という川柳があります。
孟母三遷の故事を踏まえたものです。笑えますね。
ということで、何を思ったか川柳を集めてみました。
シュールな笑いが好きです。
気に入ったもの、意味の分からないもの、あるいはもっと面白いものなどお知らせください。
医者衆は辞世をほめて立たれけり
にこにこと医者と出家がすれちがい
くどかれてあたりを見るは承知なり
相性は聞きたし年は隠したし
昔から誕生日占いがあったのでしょうか?
くどかれて娘は猫にものを言ひ
我がすかぬ男の文は母に見せ
逃げしなにおぼえてゐろは負けたやつ
花の色は 美しけれど 実はならず
花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる 眺めせし間に『百人一首』が背景。
問ふ人が ただの人なら ただの鳥
名にし負はば いざ事問わん 都鳥 我が思ふ人は ありやなしやと(在原業平)
去年までただの寺なり泉岳寺
つまるところ酒屋がための桜咲く
聞いたかと問はれて喰ったかと答へ
目には青葉 山不如帰 初鰹 が背景
孟母三遷の故事を踏まえたものです。笑えますね。
ということで、何を思ったか川柳を集めてみました。
シュールな笑いが好きです。
気に入ったもの、意味の分からないもの、あるいはもっと面白いものなどお知らせください。
医者衆は辞世をほめて立たれけり
にこにこと医者と出家がすれちがい
くどかれてあたりを見るは承知なり
相性は聞きたし年は隠したし
昔から誕生日占いがあったのでしょうか?
くどかれて娘は猫にものを言ひ
我がすかぬ男の文は母に見せ
逃げしなにおぼえてゐろは負けたやつ
花の色は 美しけれど 実はならず
花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる 眺めせし間に『百人一首』が背景。
問ふ人が ただの人なら ただの鳥
名にし負はば いざ事問わん 都鳥 我が思ふ人は ありやなしやと(在原業平)
去年までただの寺なり泉岳寺
つまるところ酒屋がための桜咲く
聞いたかと問はれて喰ったかと答へ
目には青葉 山不如帰 初鰹 が背景
木曜日, 11月 15, 2007
泥縄
午前中はアフガニスタンからの研修生にOSCE(客観的臨床技能試験)についての講義。
昼休みは、湘南鎌倉病院の大リーガー医師(北米の総合臨床指導医の総称)の講演の司会、夕方は、東京都臨床検査技師会血液班の講演会で、コミュニケーションのお話をする。パワーポイントを使って講演するのですが、その準備がもう泥縄状態です。
泥縄とはもちろん「泥棒を捕らえて縄を綯う」の略ですが、もう泥縄とちゃんと変換されます。広辞苑でも泥縄でのっています。それに、今の若い人は縄を知らないでしょうし、綯うという動作を知らないでしょうね。両足の親指にわらを挟んで縄を作る姿や、縄を作る機械など見たこともないでしょう。現代風に言うと「泥棒を捕らえてビニール紐を買いに走る」ということになるでしょうか?あるいは「泥棒を捕らえてセコムに入る」ということでしょうか?
ことわざの短縮形が一般化したのには、棚ぼたというのがありますね。棚から牡丹餅の略ですが、広辞苑にも棚ぼたで載っています。
このことわざのイメージは、神棚の下あたりで口をあけて寝ていたら、何かの拍子に神棚に備えてあった牡丹餅が落ちてきて口の中に入るというものなのですが正解でしょうか?
この場合、なぜ牡丹餅が落ちてきたのでしょうね。それから、仏壇にはお供えをするのですが、わが家ではあまり神棚にお供えはしなかったような記憶があります。
別の解釈は、ただいまぁーと外から帰ってきて、戸棚を空けるとおやつに牡丹餅があったというのですが、あまり幸運に恵まれたという感じが出ませんね。
ほかにことわざの短縮形が一般化したというのはありますかねぇ?犬棒とは言いませんよね。猿木とも言いませんね。河童川とも、猫手とも、濡れ泡とも、豚真とも言いませんね。何かほかにもありそうな気がするのですが思い出せません。
こんなことを考えているから、仕事が片付かないのですね。
昼休みは、湘南鎌倉病院の大リーガー医師(北米の総合臨床指導医の総称)の講演の司会、夕方は、東京都臨床検査技師会血液班の講演会で、コミュニケーションのお話をする。パワーポイントを使って講演するのですが、その準備がもう泥縄状態です。
泥縄とはもちろん「泥棒を捕らえて縄を綯う」の略ですが、もう泥縄とちゃんと変換されます。広辞苑でも泥縄でのっています。それに、今の若い人は縄を知らないでしょうし、綯うという動作を知らないでしょうね。両足の親指にわらを挟んで縄を作る姿や、縄を作る機械など見たこともないでしょう。現代風に言うと「泥棒を捕らえてビニール紐を買いに走る」ということになるでしょうか?あるいは「泥棒を捕らえてセコムに入る」ということでしょうか?
ことわざの短縮形が一般化したのには、棚ぼたというのがありますね。棚から牡丹餅の略ですが、広辞苑にも棚ぼたで載っています。
このことわざのイメージは、神棚の下あたりで口をあけて寝ていたら、何かの拍子に神棚に備えてあった牡丹餅が落ちてきて口の中に入るというものなのですが正解でしょうか?
この場合、なぜ牡丹餅が落ちてきたのでしょうね。それから、仏壇にはお供えをするのですが、わが家ではあまり神棚にお供えはしなかったような記憶があります。
別の解釈は、ただいまぁーと外から帰ってきて、戸棚を空けるとおやつに牡丹餅があったというのですが、あまり幸運に恵まれたという感じが出ませんね。
ほかにことわざの短縮形が一般化したというのはありますかねぇ?犬棒とは言いませんよね。猿木とも言いませんね。河童川とも、猫手とも、濡れ泡とも、豚真とも言いませんね。何かほかにもありそうな気がするのですが思い出せません。
こんなことを考えているから、仕事が片付かないのですね。
火曜日, 11月 13, 2007
土曜日, 11月 10, 2007
四字熟語その2
この前も四字熟語の話題を書きました。
http://northernvillage.blogspot.com/2007/10/blog-post_05.html
今日も四字熟語です。この先を読む前に、四字熟語をひとつ思ってください。
深く考えずに思い浮かべてください。
思いましたか?
そしたら、もう一つ四字熟語を思ってください。
思いましたか?
二つ思い浮かぶまでこの先を読んではいけません。
2つ思った人だけ、この先へ進んでください。
最初に思った四字熟語がその人の人生観を表しているそうです。
そして、2番目に思ったのがその人の恋愛観を表しているそうです。
自分は最初が、言語道断!!どんな人生でしょう?
2番目に思ったのが暴虎馮河(虎を殴ったり、揚子江を歩いて渡ろうとする位、無謀なこと)で、どんな恋愛でしょうか?
どうでしたか?
判断結果をぜひメールでお知らせ下さいませ。
まともな答えで多いのは、一期一会とか一生懸命、七転八起などでしょうか?似ていても七転八倒だと困ります。五里霧中とか付和雷同なども困りますね。
知り合い1 臥薪嘗胆(本人曰あたっているとのこと) 色即是空(すごいですね)
知り合い2 天真爛漫(他人曰当たっている) 明鏡止水(どんな恋愛でしょうか?)
知り合い3 十人十色(達観した人生観ですね) 臨機応変(意味深長な恋愛です)
これは一種のパーティゲームですね。これをネタに盛り上がればいいですね。
ところで根拠はあるのでしょうか?最初に思うのは自分の座右の銘などでしょから、人生観でいいのでしょうね。2番目の恋愛観は、パーティゲームだから面白くするためのものでしょう。
四字熟語はこじつけるとナンとでも解釈できそうです。
http://northernvillage.blogspot.com/2007/10/blog-post_05.html
今日も四字熟語です。この先を読む前に、四字熟語をひとつ思ってください。
深く考えずに思い浮かべてください。
思いましたか?
そしたら、もう一つ四字熟語を思ってください。
思いましたか?
二つ思い浮かぶまでこの先を読んではいけません。
2つ思った人だけ、この先へ進んでください。
最初に思った四字熟語がその人の人生観を表しているそうです。
そして、2番目に思ったのがその人の恋愛観を表しているそうです。
自分は最初が、言語道断!!どんな人生でしょう?
2番目に思ったのが暴虎馮河(虎を殴ったり、揚子江を歩いて渡ろうとする位、無謀なこと)で、どんな恋愛でしょうか?
どうでしたか?
判断結果をぜひメールでお知らせ下さいませ。
まともな答えで多いのは、一期一会とか一生懸命、七転八起などでしょうか?似ていても七転八倒だと困ります。五里霧中とか付和雷同なども困りますね。
知り合い1 臥薪嘗胆(本人曰あたっているとのこと) 色即是空(すごいですね)
知り合い2 天真爛漫(他人曰当たっている) 明鏡止水(どんな恋愛でしょうか?)
知り合い3 十人十色(達観した人生観ですね) 臨機応変(意味深長な恋愛です)
これは一種のパーティゲームですね。これをネタに盛り上がればいいですね。
ところで根拠はあるのでしょうか?最初に思うのは自分の座右の銘などでしょから、人生観でいいのでしょうね。2番目の恋愛観は、パーティゲームだから面白くするためのものでしょう。
四字熟語はこじつけるとナンとでも解釈できそうです。
水曜日, 10月 31, 2007
叔母の言う
自宅の自分の机の前に短冊形の色紙が飾ってあります。
叔母の言ふ。
「お前はきりやうがわるいから、愛嬌だけでもよくなさい。
お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。
お前は嘘がうまいから、行ひだけでもよくなさい」 (太宰治『晩年』)
と書いてあります。(きりやうは器量のこと)
真正面で、右側ではないので、座右の銘とは呼ばないと思いますが・・・
津軽の金木にある斜陽館(太宰治の生家)で買い求めたものです。
叔母の言ふ。
「お前はきりやうがわるいから、愛嬌だけでもよくなさい。
お前はからだが弱いから、心だけでもよくなさい。
お前は嘘がうまいから、行ひだけでもよくなさい」 (太宰治『晩年』)
と書いてあります。(きりやうは器量のこと)
真正面で、右側ではないので、座右の銘とは呼ばないと思いますが・・・
津軽の金木にある斜陽館(太宰治の生家)で買い求めたものです。
話は変わって、さる10月20日のサンケイスポーツに健康関係の記事があります。
見たいですか?見ても仕方ないと思いますが、見てやっていただけるといいかも・・
日曜日, 10月 21, 2007
名言を味わいましょう
血液難病患者のための無料相談会に行ってきました。
主催は、東京都難病連合会という患者団体の集合体。
場所は、旧東京都立大塚病院看護専門学校にある東京都難病支援センター、
時間は朝11時から4時ごろまで。
3人の医師が、お一人20分見当で10数名の患者さんの相談にのりました。
疲れました。
雲ひとつ無い秋晴れのもと、ゴルフでなくボランティアで一日が過ぎました。
昔に比べて、主治医に対する不満はほとんど無く、セカンドオピニオンを求めてこられる方がほとんどでした。医療の現場でコミュニケーションが浸透していることを実感しました。
いわゆる名言を味わってみましょう。感想をメールで下さいませ。
○ 知と愛は同一の精神作用である。
それで、物を知るにはこれを愛さねばならず、
物を愛するにはこれを知らねばならぬ。
― 西田 幾多郎 ―
(『善の研究』)
★西田先生もこんな分かり易いことを言っていたのだと感心。
○ 世の中の人は何とも云えばいへ
我がなすことは 我のみぞ知る。
― 司馬 遼太郎 ―
(『竜馬がゆく』)
★自分の今の心境に近いものがありますね
○ 美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。
― オードリー・ヘップバーン ―
(アメリカ女優)
★彼女がこんなことをおっしゃったとは・・・
○ 登らなければ、登りつづけなければ、
決して坂の上へは出られないのだ。
― 円地 文子 ―
(『女坂』)
★女坂とはどんな坂なのでしょうか?
○ 背伸びして視野をひろげているうち、
背が伸びてしまうこともあり得る。それが人生の面白さである。
― 城山 三郎 ―
(『アメリカ生きがいの旅』)
★同感するところあります。
地位が人を作るというか、 背伸びしているうちにそれが本物になってくることってあります。
地位に負けている人も沢山いますが・・・
○ 人は自分が気分に支配されていることに気づかない。
だから、突然人生がしんどくなったりするのだ。
― リチャード・カールソン ―
(『小さいことにくよくよするな!』)
★これに共感する心境は結構お疲れモードかも・・・
○ その時は不幸だと思っていたことが、後で考えてみると、
より大きな幸福のために必要だということがよくあるの。
― フジ子・ヘミング ―
(『魂のことば』)
★こう言える人は幸せですね。 不幸な人はあとで考えてみても不幸は不幸ですよね。
○ 信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。
― 新渡戸 稲造 ―
(『武士道』)
★マクドナルドのマニュアルを思い出しました。
今の医学教育が、信実なき礼儀になっていないことを祈ります。
○ 男には怠けたがる気持ちと同じくらいに
働きたがる気持ちがある。
― 庄野 潤三 ―
(『机』)
★自分の琴線に触れるところありです。
○ 姿勢が悪いと顔の落ち着きも悪い、
自信と集中力に欠けている証拠だ。
― 大山 倍達 ―
(極真空手創始者)
★いつも姿勢をよくし、いつも集中し、
ゴルゴ13みたいに眉間にしわを寄せていないといけないようです。
『顔が落ち着いていないぃー』といつもしかられそうです。
○ 御互(おたがい)に忙がしい切りつめた世の中に
生きているのだから御互に譲り合わなくては不可(いけ)ない。
― 夏目 漱石 ―
(『書簡』)
★夏目漱石の時代も忙しかったようですね。
写真にあるように肩肘ついてのんびりしていたようなイメージですが、 忙しかったのでしょうか?
○ 私たちの生き方には二通りしかない。
奇跡など全く起こらないかのように生きるか、
すべてが奇跡であるかのように生きるかである。
― アインシュタイン ―
(ノーベル物理学者)
★先生、だから、何が言いたいのですか?
○ 突とばされて転いだら、ついでにひとりで
起きあがって歩くとこを見せてやらにゃいかん。
― 壷井 栄 ―
(『岸うつ波』)
★このおばさんのど根性精神好きです。二十四の瞳の大石先生も大好きです。
♪野に育つ花ならば、力の限り生きてやれぇー
○ 戦争は決して地震や津波のような天変地異ではない。
何の音沙汰もなく突然やってくるものではない。
― 石川 啄木 ―
(詩人)
★この人がこんなことを言っていたとは・・・
貧乏長屋でじっと手を見ていたような気がしていました。
○ 戦争は戦争のために戦われるのでありまして、
平和のための戦争などとはかつて一度もあったことはありません。
― 内村 鑑三 ―
(思想家)
★この言葉は知っていましたが、誰が言ったか知りませんでした。
現代の治世者に対しても、声を大にして言いたいです。
平和のための戦争は絶対に無い!!
○ 世の中の変化に応ずることも大切だが、
変化の中で不変のものもあるということだ。
― 根津 嘉一郎 ―
(実業家、東武鉄道)
★自分は改革が好きですが、根底の普遍の真実も大事にしています。
○ ちりぬべき 時知りてこそ
世の中の 花も花なれ 人も人なれ
― 細川ガラシャ ―
(明智光秀娘)
★辞世。関が原の戦いの折、石田三成軍に屋敷を囲まれて自害しました。
我が家の庭に、夏の花の百日紅がいまだにだらしなく咲いています。
主催は、東京都難病連合会という患者団体の集合体。
場所は、旧東京都立大塚病院看護専門学校にある東京都難病支援センター、
時間は朝11時から4時ごろまで。
3人の医師が、お一人20分見当で10数名の患者さんの相談にのりました。
疲れました。
雲ひとつ無い秋晴れのもと、ゴルフでなくボランティアで一日が過ぎました。
昔に比べて、主治医に対する不満はほとんど無く、セカンドオピニオンを求めてこられる方がほとんどでした。医療の現場でコミュニケーションが浸透していることを実感しました。
いわゆる名言を味わってみましょう。感想をメールで下さいませ。
○ 知と愛は同一の精神作用である。
それで、物を知るにはこれを愛さねばならず、
物を愛するにはこれを知らねばならぬ。
― 西田 幾多郎 ―
(『善の研究』)
★西田先生もこんな分かり易いことを言っていたのだと感心。
○ 世の中の人は何とも云えばいへ
我がなすことは 我のみぞ知る。
― 司馬 遼太郎 ―
(『竜馬がゆく』)
★自分の今の心境に近いものがありますね
○ 美しい唇である為には、美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳である為には、他人の美点を探しなさい。
― オードリー・ヘップバーン ―
(アメリカ女優)
★彼女がこんなことをおっしゃったとは・・・
○ 登らなければ、登りつづけなければ、
決して坂の上へは出られないのだ。
― 円地 文子 ―
(『女坂』)
★女坂とはどんな坂なのでしょうか?
○ 背伸びして視野をひろげているうち、
背が伸びてしまうこともあり得る。それが人生の面白さである。
― 城山 三郎 ―
(『アメリカ生きがいの旅』)
★同感するところあります。
地位が人を作るというか、 背伸びしているうちにそれが本物になってくることってあります。
地位に負けている人も沢山いますが・・・
○ 人は自分が気分に支配されていることに気づかない。
だから、突然人生がしんどくなったりするのだ。
― リチャード・カールソン ―
(『小さいことにくよくよするな!』)
★これに共感する心境は結構お疲れモードかも・・・
○ その時は不幸だと思っていたことが、後で考えてみると、
より大きな幸福のために必要だということがよくあるの。
― フジ子・ヘミング ―
(『魂のことば』)
★こう言える人は幸せですね。 不幸な人はあとで考えてみても不幸は不幸ですよね。
○ 信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。
― 新渡戸 稲造 ―
(『武士道』)
★マクドナルドのマニュアルを思い出しました。
今の医学教育が、信実なき礼儀になっていないことを祈ります。
○ 男には怠けたがる気持ちと同じくらいに
働きたがる気持ちがある。
― 庄野 潤三 ―
(『机』)
★自分の琴線に触れるところありです。
○ 姿勢が悪いと顔の落ち着きも悪い、
自信と集中力に欠けている証拠だ。
― 大山 倍達 ―
(極真空手創始者)
★いつも姿勢をよくし、いつも集中し、
ゴルゴ13みたいに眉間にしわを寄せていないといけないようです。
『顔が落ち着いていないぃー』といつもしかられそうです。
○ 御互(おたがい)に忙がしい切りつめた世の中に
生きているのだから御互に譲り合わなくては不可(いけ)ない。
― 夏目 漱石 ―
(『書簡』)
★夏目漱石の時代も忙しかったようですね。
写真にあるように肩肘ついてのんびりしていたようなイメージですが、 忙しかったのでしょうか?
○ 私たちの生き方には二通りしかない。
奇跡など全く起こらないかのように生きるか、
すべてが奇跡であるかのように生きるかである。
― アインシュタイン ―
(ノーベル物理学者)
★先生、だから、何が言いたいのですか?
○ 突とばされて転いだら、ついでにひとりで
起きあがって歩くとこを見せてやらにゃいかん。
― 壷井 栄 ―
(『岸うつ波』)
★このおばさんのど根性精神好きです。二十四の瞳の大石先生も大好きです。
♪野に育つ花ならば、力の限り生きてやれぇー
○ 戦争は決して地震や津波のような天変地異ではない。
何の音沙汰もなく突然やってくるものではない。
― 石川 啄木 ―
(詩人)
★この人がこんなことを言っていたとは・・・
貧乏長屋でじっと手を見ていたような気がしていました。
○ 戦争は戦争のために戦われるのでありまして、
平和のための戦争などとはかつて一度もあったことはありません。
― 内村 鑑三 ―
(思想家)
★この言葉は知っていましたが、誰が言ったか知りませんでした。
現代の治世者に対しても、声を大にして言いたいです。
平和のための戦争は絶対に無い!!
○ 世の中の変化に応ずることも大切だが、
変化の中で不変のものもあるということだ。
― 根津 嘉一郎 ―
(実業家、東武鉄道)
★自分は改革が好きですが、根底の普遍の真実も大事にしています。
○ ちりぬべき 時知りてこそ
世の中の 花も花なれ 人も人なれ
― 細川ガラシャ ―
(明智光秀娘)
★辞世。関が原の戦いの折、石田三成軍に屋敷を囲まれて自害しました。
我が家の庭に、夏の花の百日紅がいまだにだらしなく咲いています。
登録:
投稿 (Atom)


