金曜日, 12月 14, 2007

たまには日本史

朝、金沢から帰京し、自治医科大学看護学部で講義。プロフェッショナリズムのお話。看護婦の中の看護婦とはどんな人か?という話。免許を持っている、知識が豊富、経験があるなど表面的な意見が目立ったので、結構強く叱ったら、その後は誰一人寝ずに、眼を輝かせて授業に参加してくれました。

夕方自大学で少人数講義。「自分が一生、医療事故を起こさないようにするためには・・」というテーマでKJ法で話し合う。その後、学生たちとノミニュケーション。

日本歴史の名言(河出文庫)という本を読みました。日本史の場面、場面での名言とその背景が書いてあり、楽しみながら日本史の復習になりました。
ひとつ二つご紹介します。

虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願ひも尽きむ (空海)
空海が高野山を開いたときの、「永遠の誓願」の一説。意味は、文字と逆で、この夜がある限り、ひとがある限り、悟りの世界がある限り、自分の念願は限りなく行き続ける。その念願とは、いきとして生きるもの全てが仏の救済に預かることだそうです。

七生まで只同じ人間に生まれて、朝敵を滅ぼさばや (楠木正孝)
楠木正成の弟。足利尊氏に敗れ、正成とともに自害するときに、正成に何を念じたと聞かれたときの言葉。仏教では人間に生まれるのは7回までと決まっているそうで、そのたびごとに尊氏を滅ぼしたいとのこと。これが、戦時中のスローガン「七生報国」の元になったそうです。
どういうわけか、自分は中学でも、高校でも南北朝の頃の話を訊いていないように思います。鎌倉時代からすぐに応仁の乱に飛ぶのです。室町以前は飛ばされ、室町時代は文化が中心で政治は義政のみ、したがって日本史の空白が生じています。

国家人民のためにたてたる君にして、君のために立てたる国家人民はこれなし (上杉治憲 伝国の詞)
治憲は鷹山(ようざん)という号のほうが有名ですね。上杉家は謙信亡き後、江戸時代は米沢藩15万石まで小さくされ、その頃に出てきた名君です。

ああ、飛騨がみえる! (女工哀史)
ああ野麦峠の中に出てくる言葉ですね。映画では大竹しのぶが演じていました。

総じて、政治家、武士の言葉は演説であり、人民を鼓舞するものであり、またパフォーマンスに似た建前の世界であり、彼らの言葉は「くさい」ものが多いです。意外とというか、さすがというか、宗教人の言葉は大きさを感じるものが多いですね。高杉晋作がどの範疇に入るか分かりませんが、彼もとぼけて大きいです。

三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい