土曜日, 12月 15, 2007

ぼろ市

久しぶりの休日午前中「課外授業」という番組を見ました。バレーボールの全日本キャプテンの吉原が北海道の小学生にキャッチバレー(はじくのでなく、一度キャッチして3回目に相手に投げ込むルール)をコーチしていました。たった二日間で子供たちは見違えるようにうまくなっていましたね。それと、トスとかバスにありがとうの気持ちをこめましょうというのが印象的でした。

午後は世田谷のボロ市に行きました。
患者さんでこの商店街の人がいて、
「ボロ市は12月と1月の15日と16日と決まっていて、今年は珍しく土曜、日曜ですので、先生、ぜひ来てください。」
「そんなに珍しいですか?百年ぶりとか・・・」
「いえ、大体7年に1回です。」
「ハレー彗星並ですね」
「あれは76年です。」
という会話があって、ボロ市に行くことにしました。
混んでいました。地面から人間が湧いてきたように混んでいました。
売っているのは、骨董、せんべいやうどん・カレーなど持ち帰り用食品、チョコバナナやおでんなど屋台、臼と杵・大鍋などの雑貨、などなどあらゆるものが売られていました。それも安い。ネクタイ1本500円。骨董の茶道のお茶碗2500円くらいなど。
骨董のお皿とお茶碗を買い求めましたが、どうも評判が良くなく、鑑定団に出すと3個で500円の範疇との結論になりました。
当たりは、5袋1000円の割れせんべい。美味しかったです。

世田谷千世田谷駅とボロ市風景、雑貨屋さんですね。
 
ひょうたんの置物や古道具屋さん
 
ぼろ市らしい古着屋さん。自分もお昼を食べながら商売です。

夜は銀座で忘年会。久しぶりの銀座でブランドメーカーのビルの立派さにおのぼりさん状態でした。

金曜日, 12月 14, 2007

たまには日本史

朝、金沢から帰京し、自治医科大学看護学部で講義。プロフェッショナリズムのお話。看護婦の中の看護婦とはどんな人か?という話。免許を持っている、知識が豊富、経験があるなど表面的な意見が目立ったので、結構強く叱ったら、その後は誰一人寝ずに、眼を輝かせて授業に参加してくれました。

夕方自大学で少人数講義。「自分が一生、医療事故を起こさないようにするためには・・」というテーマでKJ法で話し合う。その後、学生たちとノミニュケーション。

日本歴史の名言(河出文庫)という本を読みました。日本史の場面、場面での名言とその背景が書いてあり、楽しみながら日本史の復習になりました。
ひとつ二つご紹介します。

虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願ひも尽きむ (空海)
空海が高野山を開いたときの、「永遠の誓願」の一説。意味は、文字と逆で、この夜がある限り、ひとがある限り、悟りの世界がある限り、自分の念願は限りなく行き続ける。その念願とは、いきとして生きるもの全てが仏の救済に預かることだそうです。

七生まで只同じ人間に生まれて、朝敵を滅ぼさばや (楠木正孝)
楠木正成の弟。足利尊氏に敗れ、正成とともに自害するときに、正成に何を念じたと聞かれたときの言葉。仏教では人間に生まれるのは7回までと決まっているそうで、そのたびごとに尊氏を滅ぼしたいとのこと。これが、戦時中のスローガン「七生報国」の元になったそうです。
どういうわけか、自分は中学でも、高校でも南北朝の頃の話を訊いていないように思います。鎌倉時代からすぐに応仁の乱に飛ぶのです。室町以前は飛ばされ、室町時代は文化が中心で政治は義政のみ、したがって日本史の空白が生じています。

国家人民のためにたてたる君にして、君のために立てたる国家人民はこれなし (上杉治憲 伝国の詞)
治憲は鷹山(ようざん)という号のほうが有名ですね。上杉家は謙信亡き後、江戸時代は米沢藩15万石まで小さくされ、その頃に出てきた名君です。

ああ、飛騨がみえる! (女工哀史)
ああ野麦峠の中に出てくる言葉ですね。映画では大竹しのぶが演じていました。

総じて、政治家、武士の言葉は演説であり、人民を鼓舞するものであり、またパフォーマンスに似た建前の世界であり、彼らの言葉は「くさい」ものが多いです。意外とというか、さすがというか、宗教人の言葉は大きさを感じるものが多いですね。高杉晋作がどの範疇に入るか分かりませんが、彼もとぼけて大きいです。

三千世界の烏を殺し、ぬしと朝寝がしてみたい

木曜日, 12月 13, 2007

山代

今日、金沢医科大学で講演があり、朝720の飛行機に乗り、山代温泉の実家に寄ってきました。飛行時間は45分、降りて、レンタカーを借りて、20分くらいのドライブで自宅になります。915くらいに自宅に帰りました。
父が平成16年2月、母が、今年3月に亡くなり、今は空き家ですが、元気よく「父ちゃん、かぁーちゃん、ただいま」。
ストーブを出して灯油を入れ火をつける。水道の元栓を開き、トイレが使えるようになる。同じことをするにも、高原の別荘に来たときと親のいない実家に来たときでは気持ちがずいぶんと違うものでしょうね。ちゃぶ台で、講演の資料作り。親がこの世にいないことがしみじみと寂しくなります。外は雨、それも強い雨です。

水曜日, 12月 12, 2007

偽り

今年の世相を表す漢字は「偽」でした。ギというより、いつわりと読むべきでしょうね。
あまりにネガティブな字だったので驚きました。予想が外れてよかったです。
「あまりの驚愕のきわみにて、ただ悄然とするの外なし」
去年は命、未来への希望を感じることができます。今年の偽は、その年を表すのにあまりにネガティブイメージの字です。

このブログでは政治的な話は禁句とし、また他人を非難することもほとんどしないようにしていましたが、今日は避けて通れないです。非難の対象は「我が国民」あるいは「大衆」でしょうか?人民でも、市民でもいいのですが、大衆がぴったしでしょう。
今年は、ミートホープや白い恋人に始まり、赤福、比内地鶏、さらには船場吉兆まで食品を中心としたいつわりが多い年でした。でも、前も姉歯建築士たちの偽りもありましたし、政治家は昔も今も偽りだらけです。ナノに、今年だけ偽りの年と感じるのはどうしてでしょうか?食品の偽りだからでしょうか?マスコミが騒ぐからでしょうか?
自分は、別に赤福を食べておなかを壊したこともなければ、とくに被害を受けてはいません。比内地鶏はたぶん食べたことは無いし、白い恋人もここ数年食べてはいません。吉兆にいたっては、但馬牛の味噌漬けはお目にかかったこともありません。なのに、テレビに出てくるおばさんは、「吉兆まで偽りだと、いったい何を信じていけばいいのでしょう?」とぬけぬけといっています。見た感じ、吉兆でお食事をしたり、吉兆のお肉を自宅で召し上がるタイプには見えません。
我が国民は、我が大衆はあまりにもマスコミの喧伝に流されてはいませんでしょうか?実際自分が被害には全くあってもいないのに、今年は偽りの年と思って投票行動をしてしまった結果、「偽」の年になりました。それより、年金のほうが自分に関係するのに、消えた年金のことを忘れてしまっている。この人のよい我が国民を怒らずにおられようか?

火曜日, 12月 11, 2007

電飾

明日は漢字の日だそうです。清水寺では今年の世相を漢字一字で表します。
今年の字は何だと思いますか?去年は「命」でした。

自分は「消」と思います。消えた年金、安倍さんの退陣、朝青龍のお休みなどありました。
あたったら1000円というかけしませんか?

さて、この時期、電飾がきれいなので、いくつか撮って見ました。
東大医学部本館が電飾で飾られていました。
見る角度を変えてよく見てください。銀杏の樹もちゃんと写っています。
 

近所の庭の電飾と飾りです。20軒くらいのブロックが競うように電飾を施している町があります。
遠くから見に来る人たちで大賑わいです。
 

最後は宮古島のホテルのツリーです。

電飾を撮るコツは、デジカメのフィルム感度(フィルムでは無いけれどそういいます)を
ISO100をISO400 くらいにあげることです。多少粗くなっても、よく取れます。
後は手振れを起こさないようにカメラを両手で持ち脇を締めることですね。

月曜日, 12月 10, 2007

歌舞伎町

靖国神社の銀杏も今が盛りとまっ黄色です。
 

今日の忘年会は、インドネシア支援チームが久々に会ってやりました。
場所がなんと新宿歌舞伎町、コマ劇場のすぐ裏です。
新宿歌舞伎町に出かけるのは何年振りでしょうか?ちょっと緊張しました。
相変わらず客引きの兄ちゃんがうろうろしているわ、ひげの生えた女装の人は居るわ、
大変なところですね。

昭和54年、55年ごろ、大久保にあった社会保険中央病院と、若松町にある国立医療センターに勤めていた関係で、大久保通り、職安どおり、そして歌舞伎町あたりが毎週のように飲み歩く場所でした。
昔も今もほとんど変わらないですが、昔は薬屋さんの接待というのも歌舞伎町であり、料亭で津軽三味線を始めて聞いたのも歌舞伎町でした。また、歌舞伎町の真ん中にバッティングセンターがあり、酔っ払った勢いで野球のバットを振り回していました。

あの頃の歌舞伎町はよかった。



日曜日, 12月 09, 2007

健康ランド2

あいち健康ランドで合宿形式の研修会でした。
部屋からの朝日が最高でした。濃美平野が広く地平線まで見えるようでした。



あいち健康ランドは廣い広い講演の中にある複合施設で、プールや、研修棟、宿泊施設、温泉、売店などがあります。大府市にあり、不便なところで黒字では無いです。言ってみればバブルの遺産のようです。
 

公園はまさに秋、もみじを挑戦的に撮ってみました。
赤い山茶花は風に揺れてピントが合わないです。
 

秋の空、これもきれいでした。隣に国立長寿医療センターがありました。
加齢医学の中心地で、こんな田舎にあるとは知りませんでした。
その隣には愛知県のこども医療センターがあります。無いのは普通の大人だけです。
 

お昼ごろまで居て、午後帰ってきました。
風邪のほうは小康状態、倦怠感は少ないですが、咳と痰がひどいです。