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土曜日, 10月 18, 2008

帰国しました

無事帰国しました。

朝、610に成田にランドしました。飛行機は結構快適でしたが、お酒の量が少ない生化熟睡とは行かず何度か夜中に目を覚ましましたが、まあまあ許せる範囲でしょう。

車を民間駐車場から取り出し、その足で大学に行きました。いくつかの仕事をかたずけ、1200から日本橋三越の特別食堂で開かれた北星会で講演をしました。「日本の医学教育の改革;医師はどのようにして作られるか?」というタイトルです。

北星会と言うのは、石川県出身者で中央省庁などで偉くなった人たちの集まりで、80歳くらいの人がぞろぞろいました。現役では、人事院の総裁がいました。

夜は、お刺身です。ラオスではだべれなかったもの、それはお刺身ですね。海のない国です。お刺身、それもおいしいのは無理ですね。日本酒と焼酎をちゃんぽんであとは爆睡です。

とりあえず帰国のご挨拶です。

金曜日, 10月 17, 2008

ラオス最終日

オンラインアルバムの最後にボートレースの動画を入れました。結構迫力ある動画です。
下記のURLからご覧ください。
http://www.imagegateway.net/a?i=3kuDXbz2r4

今日は午前中、病院に出かけいったん帰国する旨のご挨拶。

ところが、タイの内視鏡の先生が大勢来て講堂で学会並みの講演会が開かれそれどころではないです。タイのエーザイやオリンパスの営業の人も大勢来てブースを出しています。

そんな折もおり、骨髄標本を読んでほしいとの依頼があり血液内科医に戻って活躍しました。

1130に病院を出て、1200に空港に着き、15分ほどお店でおみやを渉猟し、1230にはラウンジに下りました。そこで軽い昼食をいただき、1330に飛行機に乗り込み、1400にタイのバンコクへ到着。

時間貸しのホテルにチェックインし、自分と入れ替わりに日本からラオスに向かうチームと待ち合わせました。
 
A先生とコンサル会社のYamaさん(右)。左はA先生の愛妻。
空港内でにわか引継ぎと、雑談。彼らも5時間くらいの待ち時間があります。
自分は彼らがさったあと2時間ほど寝て、8時にラウンジに行って軽い夕食とメールのチェックをしました。ネットの通信速度に驚愕。まさに、21世紀の世の中を感じました。
2130に搭乗し、2210定刻に成田に向け出発です。
明日の朝6時好きには成田についているはずです。

このラオス駐在を総括すると;
仕事の量はたいしたことはなかったものの、人間関係の功逐にはずいぶん貢献できたと思います。また、ラオスの医学教育の問題点も大変よくわかり、改善の方向が見えたといってもいいでしょう。ただし、予算や時間を要することでありそう簡単に一朝一夕には行かないだろうと思います。
日本についたらまた考えましょう。取り敢えずの総括でした。

木曜日, 10月 16, 2008

ラオス12日目 講演会

お祭りの後の静かな日が戻ってきました。
朝、感染制御センター(CDC)を訪問しました。臨床検査の総元締めと言うことで、セタ病院の外部精度管理などを助けてもらおうと言う多少の魂胆もあり訪問しました。
セタチラート病院に負けるとも劣らぬ汚さで、その中で、鳥インフルエンザの遺伝子検査まで行っていました。感染症の検査を一手に引き受けているようです。
 
検査技師学校の学生たちも実習に来ていました。実習といっても楽しそうに本を読んでいるだけですが・・・・
 
午前10時から医科大学で、同僚のO西先生の講演です。それも2題続けて2時間のぶっ続け講演です。場所は大学の一番のホールです。

さすがに大学の一番のホールだけあって、何気においてある椅子も立派です。
 
こんなに大勢の聴衆が集まりました。カルガリーや米国からの女性医師たちも集まってくれました。
講演の後にはサポーティブ奈コメントもいただきました。
写真の右端の小柄な女性が医学部長先生です。

午後は病院に戻りいろいろの仕事に集中しました。日本では、研修医のマッチングの日でもあり、大学がどうなったか心配でしたが、幸い、本当に幸にもフルマッチで多くの研修医諸君が来てくれることになりました。
 
夜はカルガリーの先生方や、日本で研修を受けた先生方が集まって中華料理で盛り上がりました。今回の滞在で一番のご馳走だったかもしれません。
 
メコンフィッシュの巨大なものが出てきました。から揚げのあんかけです。鯛のような味で、美味です。
ビールを沢山開けました。

水曜日, 10月 15, 2008

ボートレース当日

昨日と同様にオンラインアルバムを作成しました。 下記のURLからご覧ください。

http://www.imagegateway.net/a?i=3kuDXbz2r4

ボートレース当日は、公式ではないと思いますが、病院もお休み、みんなお休みモードでした。

朝から、それぞれのグループで盛り上がっていました。

レースの開かれる14時ごろに、再度川のほうに出かけました。

招待状をいただいたので貴賓席から見ることができました。

写真だけでなく動画も撮ったのですが、ファイルが大きいので、日本に帰ってインタネット環境がよくなってから皆さんにお見せしたいと思います。

火曜日, 10月 14, 2008

ラオス10日目 お祭り前夜

文字通りお祭り騒ぎです。
写真が多くなりすぎたので、オンラインアルバムを作成しました。 下記のURLからご覧ください。
http://www.imagegateway.net/a?i=wmLnNaQFLq
朝の散歩で托鉢の行列にあったのはラッキーでした。いい写真が取れました。
オンラインアルバムの写真も縮小してあります。もし、今までの写真を含めて大きいサイズを見たい場合はご連絡下さいませ。

金曜日, 10月 10, 2008

day6夜店

今日も写真が多くてすいません。朝食は一渡り食べたので、チキンの朝粥に戻りました。
ホテルの庭のやしの樹です。南国を感じます。
昨日はまったく雨が降らず今日はこのような晴天で、どうも雨季が終わったようです。日本でいうと梅雨明けです。すごく暑くて、それも蒸し暑い一日でした。
 
午前中はまたデスクワーク。青年海外協力隊の助産師でセタチラート病院に配属されている難波さんが遊びに来てくれました。産科病棟のこと、ラオスの国民性、地方への旅行などなどいろいろ小1時間話してくれました。2年の予定であと半年だそうです。
昼食はご飯の上にビーフンとたけのこを煮たの(右)と、肉野菜炒めの両方を乗せた丼にしました。頼めばどのような組み合わせでも作ってくれます。今日は当たりでした。
 
魚に加え鳥(右)やかえる(左)の揚げたのも売っていました。
 
午後は、タイの大学の先生がマホソット病院で講演をするというので聴きにいきました。
マホソット病院は大学に隣接してある第一の大学病院で、歴史も古くまた病床数も5-600床あるのではないでしょうか。写真は中庭です。向かいが病棟で自分はカンファランスルームの入り口にいます。

カンファランスは30分遅れで始まりました。時間にいい加減なのはフランス流だそうです。ドイツと日本は正確なことをよく知っていました。講師は若いタイの大学の先生で甲状腺疾患について総括的な講義でしたが言葉がわからないので眠かったです。
 
マホソット病院から見た隣の寺院。ビエンチャンでも最も古く美しいお寺です。

カンファランスのあった建物。病院の象徴的建物で、古いフランス風です。病院長室などもあります。
 
副院長の内科先生に面会し、帰宅。
同僚の自転車に二人乗りしてちょっと離れた日本料理店「藤原」に出かけました。
JICA事務所の前にありちょっとお高いです。カツ丼定食とビールとつまみ少々で一人10万キップ(1000円強)でした。特別コースは「道長」という名前でした。
 
帰りは川べりの夜店を見ながら自転車を押してかえってきました。
ボートレースに向けて、どんどん華やかになっていきます。2km近く夜店が並んでいるのではないでしょうか?
風船売り。商標などないと思います。

輪投げです。

お寺の前や境内にも夜店が出ています。後ろに暗く本堂が写っています。お店は矢投げで風船を割る射的。
 
スープを売っているお嬢さんがポーズをとってくれました。資本主義的お嬢さんです。

帰り道、新手の夜店かと思ったら、お葬式でした。右に頭に白い鉢巻をしているのが親族でしょうか?
お通夜のようで結構にぎやかに食事をしていました。
 
竹の筒に入っているお米を買い求めて食べました。食べ方はこのように簡単に避けるようになっていて、日本のお赤飯にそっくりです。ココナッツミルクで炊いてありすごく甘くお菓子です。

明日は土曜日、お休みです。

水曜日, 10月 08, 2008

ラオス4日目タイへ

今日は、写真が多くファイルが大きくなってすいません。
例によって朝ごはんです。昨日と同じようですが、チキンではなくポークの朝粥です。
奥に写っているは4種の香味で、醤油(魚醤)と砂糖と酢と南蛮辛子です。お好みで加えます。
 
午前中は、指導者研修会の計画作成で、デスクワーク。ラオスではtraining of teachers (ToT)といっていますが、同じようなことを日本でも企画しており、それはFaculty development (FD)といっています。対象が病院の先生と大学の先生の違いでしょうか?
お昼はfly rice-nudleを注文したら、ワンタンに肉野菜の煮たのが乗ったものが来ました。結構いけます。
 
昼食後病院の裏のグランドを散歩していました。秋の空がどこまでも広がっていました。首都ビエンチャンでも思い切り田舎です。
 
午後は大学で、卒前教育担当の復学挑戦性にお会いしてから、夕方からタイに行きました。
ラオスは14日まではビザ無しで滞在できますが、それ以上の場合は有料のビザを取得しなければなりません。それをケチって、10日目くらいに、川を渡って一度タイに出国するとまた14日間滞在できます。同僚の先生がビザが切れるので今日はタイに買い物旅行です。
友好橋という国境をまたぐ橋まで車で約30分。道端には洪水の名残の土嚢が多く見られました。
 
にわか雨です。空に虹の架け橋がかかります。

通関するのに何やかやと15分以上はかかります。無事出国手続きを済ませて、友好橋でメコン川を渡ります。

タイの国境の町はノンカイNongKaiというタイの中では田舎町ですが、ラオスから着たら文明国。早速大型ショッピングセンターへ。本当に何でも売っています。
 
野菜、果物もきれいに並べられています。

買い物が終わったら、屋台で夕食です。
道で鳥や魚を焼いていました。煙の中に人が隠れています。
 
ミニチュア寿司を売っていました。きれいに並べられていて、ままごとのようです。
5バーツのものと7バーツのものがあります。1バーツは3円くらい。食べれます。
 
夕飯を食べたのは半分屋台のようなお店。地元の人が多いのでおいしいだろうと推定しました。
 
ビールを注いでくれるビール会社派遣の女性。女性は、見た範囲ではラオスのほうがきれいに思います。タイでもきれいな人はバンコクに行ってこんな田舎には残らないのかもしれません。
 
料理を沢山たのみました。おいしそうなので写真をとるのを忘れて食べてしまいました。
これは鴨の肉の炒め物と、酢豚です。美味です。
 
再度通関して橋を渡り入国手続きをして8時過ぎにはビエンチャンに無事帰還しました。

土曜日, 8月 09, 2008

焼尻島2

朝、島の旅館の窓から海が見えました。朝日に海面がきらきら光ってきれいです。
朝食のあと、焼尻島資料館を見学。かつて、わがふるさと石川県加賀市の漁師がここに住み着いて網元となり豪邸を立てたその跡だそうです。中に、絶滅の危機にあるオロロン鳥の剥製がありました。島に倭人が住み着いて今年がちょうど130年に当たるそうで、北海道の開墾よりもちょっとだけ早いように思います。
10時のフェリーで帰路に着きました。羽幌まで約35分。そこからレンタカーで、2時間30分ほどかかって旭川空港に着きました。
 焼尻港のオロロン鳥
 羽幌港のかもめ
 北海道から見た焼尻島(右)と天売島
 留萌の手前で見たニシンの番屋、石狩挽歌の世界です。
遅めの昼食はやはり北海海鮮丼。旭川ラーメンと選択に悩みましたが、ラーメンは冬に来たときにいただきましょう。15時の飛行機で、羽田についたのが1630.その足で横浜ロイヤルパークホテルで、かつて部下だった先生の教授就任祝賀会に出席しました。慎ましやかで、家庭的な会でした。
今年行った府県が1道1県増え、1神奈川(自宅) 2東京(職場) 3千葉(ゴルフ) 4栃木(自治医科大学) 5群馬(群馬大学) 6三重(鳥羽市、神島) 7愛知(名古屋) 8沖縄(那覇の県立病院) 9埼玉(和光市、健康科学院) 10鹿児島(大学) 11岐阜(羽島郡) 12茨城(筑波大) 13石川(実家) 14福井(永平寺) 15大阪、16京都 17愛媛(道後)、18静岡(伊東)、19福島(郡山)、20宮城(仙台)21和歌山(青州の里)22兵庫(マダムJゴルフクラブ)23北海道(焼尻島)となりました。海外は、ラオス、(タイ)、米国、中国、韓国 、インド、アフガニスタン

水曜日, 6月 25, 2008

無事帰国

飛行機の中ではなかなか寝付くことができず、2,3時間の睡眠で、午前8時30分に成田に到着。
駐車場を出たのが915くらいで、道がすいていて、1015には職場に着きました。
そのあとカンファランスなど出席していたら5時前になり、半居眠り状態で帰宅。
途中、お刺身などを購入し、一人酒で日本を満喫。
食事はやはり日本ですね。エスニックもいいですが、ジャポニカもいいです。

火曜日, 6月 24, 2008

ラオス最終日というか帰国の日

ラオス最終日、この2週間、自分なりに良くやったと思います。
ラオス語ができたらもっともっと充実したと思うのですが、今度来るときはリベンジです。

ホテルの自分の部屋の家具です。全部、籐でできています。驚きます。壁の絵をアップで取ってみました。後期印象派の雰囲気があります。ラオスの自然がありますね。
掃除のおばさん。仲良くなりました。
今日帰国すると行ったら涙を流さんばかりに惜しんでくれました。
10月にまた来ますといったのですが伝わったかどうか・・・
 病院の玄関です。琉球大学のシーサーがおいてあります。今日も暑かったですね。
 3年生の学生たちと。背の低い娘がカメラ目線を送ってくれた娘です。みんな素直で、いい医師になると期待しています。
お昼ごろ、病院をたって、1350のタイ航空で、バンコクへ。
バンコク到着は1455、約1時間の旅です。
日本へ向かう全日空便は2355発。
この9時間をどう過ごしましょうか?バンコクの空港は世界有数のショッピングができる空港です。
数え切れないほどの免税店が並んでいます。
ラオスから来た人間にとって、ほんとうにタイムマシーンに乗ってきたみたいです。


ショッピングモールの中心にある飾りです。龍の尻尾で綱引きをしているみたいですね。