月曜日, 12月 31, 2007

大晦日はラオスの7日目

今年一年、大変お世話になりました。みなさん、良い年をお迎え下さいませ。
このブログも、9月から一日も休まず続けることができました。ありがとうございます。

大晦日の今日も、ラオスの病院は普通に始まりましたが、ほぼ半ドンといった感じで、お昼を過ぎると、休日のようになりました。

午前中、大学の第1の付属病院であるマホソット病院へ行ってきました。450床の病院で、今支援しているセタチラート病院(175床)よりはかなり大きいです。大部屋はどれも8人ー10人部屋なので、病床数はすぐに増えます。
医療レベルまでは分からないですが、若手医師の雰囲気は結構やるじゃないのという感じです。聴診器もみんなリットマンので、高価そうでした。


今年も最後ですからいくつかの名言をご紹介して感謝に代えます。

世の中がどんな風に変わっても、
人間が人間らしく生きてゆける世の中である限りは、
義理も人情も、やっぱりあった方がいい。
― 庄野 潤三 ― (『昔も今も』)
*自分はやくざでは無いですが、義理も人情も大好きです。

私が何より憂えるのは、理想への情熱が失われ、
人びとのあいだに倫理への無関心がはびこり、
個々人の刻苦勉励が逆に冷笑される、
そのような風潮が日に日にあらわになってきている日本の社会の現状である。 
― 森本 哲郎 ― (小説家)
*「偽」が今年を象徴するというのは情けないです。来年こそ正義が心の中心;心棒である年でありますように。

家庭料理は料理というものにおける真実の人生であり、
料理屋の料理は見かけだけの芝居ということである。 
― 北大路 魯山人 ― (陶芸家)
*魯山人先生、そうなんですよ。ミシュランとやらに教えてあげたいですね。

人生は愛すること。
そして、愛されることの喜びそのものです。
愛は「与えること」で、一番良く表現されうるのです。
― マザー・テレサ ― (カトリック修道女)
*恥ずかしいくらいの言葉ですが、マザーテレサに言われると、思わず跪いてしまいそうな言葉ですね。
1月1日よりラオスの古都ルアンパバーンというところに出かけます。インターネット環境が悪そうです。このブログは、3日か4日ごろに更新されると思います。

繰り返しになりますが、今年一年、本当にお世話になりました、ありがとうございます。
よい新年をお迎え下さいませ。

日曜日, 12月 30, 2007

ラオス6日目

ラオス6日目。
お休みも2日目、市内で見ていないところもあとわずか。
トクトクという三輪おんぼろタクシーに乗ってやや郊外に出かけました。

タートルアン、黄金の寺。ラオス版金閣寺といったところですね。空の青さが印象的でした。
織物博物館は個人で開いているもので、伝統の美が見れました。案内していただいた方の品のよさが印象的。町でLao Silkの最高級店を開いているのですが、謙虚で優しかったです。

昨日とは違った市場。野菜と魚と肉を扱っています。すごい迫力。

メコンの夕日を見ました。感動的です。あとは宴会。


今日の写真は下記のURLからご覧ください。
http://www.imagegateway.net/a?i=29wDXXHnTo

今年もあとわずかですが、ラオスは平穏です。月曜からまた普通のお仕事です。

土曜日, 12月 29, 2007

ラオス5日目

ここへ来て初めての休日いい写真が取れました。なんと一日で200枚も取りました。デジタルカメラの勝利ですね。フィルムではありえないことです。

午前中は資料書きなどそれなりにお仕事をして、お昼から出かけました。
まずランチを食べ、メコン川を見て、お寺を1つ2つ拝観しました。
ランチのサンドが巨大です。フランスパンを半分丸々サンドにしています。250円です。メコン川を見ました。水が少なく、それでも大河であることはよくわかります。対岸はタイ、首都が国境にあるというのは珍しいですね。
お寺はワットホーパケオ(王宮寺院)とワットシーサケートです。写真で見て下さい。
それから市場に行きました。テント張りの中に無数のお店が出ています。
夜はブンサイ先生のお宅に招かれ食事。なんとお庭にテントを張り、お客さんだけで20人くらい、それに家族の10人と親戚の10人を加えて総勢40人くらいの大パーティでした。医学部副部長、歯学部副部長、イタリア人で周産期をしている先生、日本から来た歯科の先生、セタチラート病院の事務長さんなどなど人脈の廣さが伺われます。奥さんは若く、一番下のお嬢さんがまだ10歳です。
ホテルに戻ったら、ホテルでも新年を迎えるパーティをしています。口々にhappy new year、最後は大ディスコ大会になりました。
今日の写真は数も多いですが質も高いです。お勧めです。
http://www.imagegateway.net/a?i=JDwkNZeEUJ

金曜日, 12月 28, 2007

第4日目28日

ラオス4日目。もう4日目です。ずいぶん慣れましたが、多少疲れも出てきました。
朝食で、おかゆにチャレンジ。美味しかったです。やはり日本人、朝はやはりご飯ですね。写真はなし。
9時30分から病院で幹部職員が集まり年末の式典があると聞き、参加しました。そしたら、会場の一番高いところに座らせられ緊張。副院長の今年のまとめに続いて、日本の援助に対する感謝が述べられ、舞台の中央で花束をいただきました。
それが終わったらまだ10時過ぎだというのにワインが出て大パティ。それも、口々にHappy New Yearといって乾杯します。日本人の感覚ではカウントダウンが終わって年が明けてからあけましておめでとうなのに、ここの国では大雑把です。
そういえば、どこもまだクリスマスツリーを片付けていません。
今日はカメラのバッテリーが切れたので写真はほとんどありません。
午後は、内科にお邪魔して、インタビューとミニ回診。貧血の患者についてみましたが、かなり診療レベルは低いです。北村 聖でも簡単に診断できることが全くされていません。少し学生を相手にケースカンファランスをする必要がありそうです。
仕立てた白衣ができてきました。さすがオートクチュール、おなかが出ているのがあまり目立たなく満足です。
ラオスの人々は、ゆっくり、のんびりしていますが、決して怠慢では無いです。むしろ勤勉です。外来も8時半にはもう外来受付を終わった患者が沢山いますのでたぶん8時頃から始まっていると思います。でも、スローなのです。というよりのんびりなのです。日本の古い時代、あるいは田舎の雰囲気を感ずるのはこのためだと思います。

夕飯はワインカーブがそのままお店に成っている所に行きました。両側の棚一面ワインで、その中で好きなものを選んで飲みながらチーズやハムをいただきました。ここはラオスかと疑うお店でした。
 
テレビのBBCで今年逝った人を特集していました。その人たちのピークの映像とともにその後の社会貢献なども紹介されていて、社会に何を残したかが大事みたいな放送でした。今年逝った人で思い出のある人はいますか?BBCの最後はババロッティの歌声でした。北村 聖は自分の母ですが、その次というと、植木等でしょうか?宮沢喜一でしょうか?木原美知子でしょうか?どなたもそれほどのインパクトは無いかもしれないですね。

木曜日, 12月 27, 2007

ラオス三日目

ラオス3日目だいぶ落ち着いてきました。
朝下着を洗濯やに出すと、パンツとシャツと靴下各々3つ合計で250円くらいでした。
午前中は、ICUの視察、日本が作って装備も設置しただけあり、日本の田舎病院の患児で違和感が無いです。中心的に働いているのが60歳くらいのフランス人のボランティア医師で頑張っています。ただ、10床のうち4床くらいしか患者がいないのにがっかりしました。隣の分娩室は開放的で、次々に赤ちゃんが生まれていきます。病院の中で幸せいっぱいの一隅です。

お昼はチャーハンを食べたら、日本のよりはるかに美味しいかったです。100円です。信じられないでしょう。
午後は外科の先生にお会いしたり、医学教育の現状の細かいところを聴取したり、JICAに挨拶に行ったりしました。

夜、タイ風カレーのお店に行きました。魚カレーをいただきましたが、これがまた、ホントウニ美味しいかったです。言葉で表現するのは難しいですが、あえてトライしましょう。まず、突合せの芋とインゲンのカレー風味の煮物が美味しい。それほど辛く無いカレー味で、メインディシュへの期待感を高めます。その前に、スープを一口飲みます。魚でとっただしで中華風ですが日本人にもなじみの味です。わけぎが魚臭さをなくしています。そしてメインのカレーです。今日はご飯でなくナンでいただきます。非常に薄いナンで、それにカレーを乗せて食べます。カレーは甘口、刺激的ではありません。魚は身だけにして軽く揚げてあるようです。食べ終えたすぐに手が勝手に次のナンを取ってカレーをまきだします。止まらないです。これにラオビアがぴったし。
食後、メコン川べりを散歩し帰ってきました。ホテルのベランダの籐のいすに腰掛けウィスキーを食後酒に飲むと、さわやかな風が吹いてビエンチャンの夜は更けてゆきました。

写真は昨日と同じアドレスに追加しておきます。夕飯だけ特別に掲載します。

水曜日, 12月 26, 2007

ラオス2日目医科大学

ラオス2日目。
朝は曇っていて珍しいなぁと思っていたらすぐに快晴になり、体感的にお昼ごろには30度を超えました。夜は夕涼みに良かったので23度程度でしょうか。12月は乾季で、雨はまったく降りません。空気も乾いており、メコン川の水も少ないです。

午前中、医科大学のほうに出かけました。ラオスで唯一の医科大学です。人口500万人ですから、仕方ないかもしれません。大きさはちょっとした高校くらいの大きさで、講義する棟も2,3棟、でこじんまりしています。学生は一学年300人程度。6年制で共用の1年目は国立ラオス大で行うそうです。解剖実習はなく模型で済ますそうです。感動したのはPBLという少人数講義を青空のもと庭の円卓でやっていたことです。教科書が重なるように広げて真剣にやっていました。部屋が無いのが理由ですが、傍目から見るとのどかですばらしいと感じたしだいです。

午後は病院に戻り会議に出席。会議が退屈で眠くなるのは古今東西変わらないことですね。帰りに、JICAのシニアボランティアで長期滞在中の看護婦さんの家に寄ったら、すごい豪邸でした。2階建て、床は磨きこまれたタイル。部屋に機織機を設置して趣味でラオス織りを楽しんでいるとのこと。でも一人で住むには寂しいかも。

病院で着る白衣がほしいと思ったらどこにも売っていなく、そういうものはテーラーで仕立てるものと判明。早速採寸して2着作ることにしました。1着25ドル、日本用とラオス用の2着を注文しました。水曜日の夕方注文して、金曜日にできるそうです。

夕飯はフランス料理系のお店へ。お肉のつもりで注文したらえびの焼いたものでしたが、いたって美味しく、正解だったかもしれません。ラオスの旧宗主国はフランス、それゆえ、フランス料理と、ワインは一流です。その昔は中国の属国だったので、中華もそこそこ、太りそうです。

写真のアドレスは
http://www.imagegateway.net/a?i=L9okcXHnTo
古い写真が出てきました。ちょうどこの時期の富士山です。2003年の富士山です。http://www.imagegateway.net/a?i=p1smXJQ3po
ついでに見てやってください。感想もお願いします。

火曜日, 12月 25, 2007

第一日

写真は別に公開することにしました。
http://www.imagegateway.net/a?i=L9okcXHnTo
ここで見て下さい。写真の回転の無いものがあります。
首を90度曲げてみてください。


宿泊中のホテルです。

みなさん、クリスマスはいかがお過ごしでしたか。
ビエンチャンでの第一日目。旅行のため、昨日は爆睡。ゆっくり朝シャンして、パンと目玉焼きの朝ごはんをしっかり食べて活動の拠点であるセタチラート病院へ出勤。ホテルから車で15分くらいですが、もう待ちの郊外といってよく途中は田園地帯が広がっています。午前中は病院全体の見学。写真は病院全体像、外来受付、学生たち。

 病院の玄関と外来受付

お昼は、自分は麺。サイドディシュの野菜をたっぷりとかけて食べます。同伴者はご飯に野菜煮込みをかけたもの。見た目より美味しいらしい。


午後は、臨床検査部と病理部を見学視察。日本びいきの病理の先生がいて話が弾む。どうもこの国には病理医は4人しかいないみたい。教育体制も無いし、人気も無いようです。臨床検査医は存在せず、技師だけの世界であるようです。夕方町に戻って都心部を散歩しました。町は日本の田舎町のようです。一番大切なことですが、無茶苦茶安全です。警察官の姿は全くありません。怖いと思うような人もいません。むしろ観光客のバックパッカーのほうが怪しげです。英語はほとんど通じません。お金は1ドルが9300キップkipです。物価は安いです。ビールを飲んで、腹いっぱい食べて5-7ドルです。歯磨き粉と、コカコーラーとオレンジジュースのパックを買ったら4ドルです。写真は、町並み、風船売り、電飾のツリー、地ビール。大事な夕飯を写すのを忘れました。
 町並み