木曜日, 1月 31, 2008

那覇の県立病院


沖縄への飛行機からの写真

那覇は一日雨。沖縄県立南部医療センター・こども医療センターを視察・見学してきました。
平成18年4月に2つの県立病院(県立那覇病院と県立南部病院)が合併してできた新しい病院です。
 病院の正面玄関
 病院の前庭
 病院の模型
 小児科外来

ベット数400床、医師数150人(うち小児科40人)、研修医は毎年15人を受け入れている那覇市郊外の中核病院です。

朝930から夕方17時までずーっと視察していました。

ここだけの話し、この病院はすごくすいていました。小児科の外来(写真)は午前10時ごろでもがらがらだし、心電図の検査室や、泌尿器科や耳鼻科の診察室はお昼を過ぎるとほとんど患者さんもいません。那覇市の郊外にあるせいもあるかもしれませんが、医師不足というステレオタイプの考えを改めて、どこのどういったところに医師が少ないのか整理して考える必要があると思います。

今度沖縄に行くときは観光で行きたいですね。首里城も、守礼の門も、見ていません。
今回沖縄で食べたのはゴーヤチャンプル(居酒屋)、海ぶどう(おみやげ)、もずく(居酒屋)、サザエの刺身(居酒屋)、
食べていないのは、ソーキそば(まえ宮古島で食べた)、氷ぜんざい、パイナップル(東京で食べている)などなどです。

一月のまとめ
一月は長かったです。本当に長かったです。ラオスから始まり、宴会続き、食中りはするしインフルエンザにはなるし、栃木も、三重も、沖縄もよかったです。でも長かった。
今年行った県が1県増えました。1神奈川(自宅) 2東京(職場) 3千葉(ゴルフ) 4栃木(自治医科大学) 5群馬(群馬大学) 6三重(神島) 7愛知(名古屋) 8沖縄(那覇の県立病院)

明日から2月。気合を入れなおしてがんばりましょう。1月ほど忙しくはないはず(^_^.)

水曜日, 1月 30, 2008

あわもり

アフガニスタンから2人の先生が、短期留学に来ました。6週間くらいです。楽しみです。

午後、那覇に来ました。昨年、宮古島に来ましたが、沖縄本島は初めてです。本土と変わらない面と違う面が混在しています。コンビにはローソンもファミマもあります。売っているお酒は全く違います。泡盛ばかりです。お茶もさんぴん茶というのが多いです。いろいろ違う面を楽しみましょう。

泡盛飲み放題で楽しみました。

火曜日, 1月 29, 2008

B級評論家

夜、雑誌の編集会議であるホテルに行きました。

会議終了後、フランス料理のコースが出たのですが、これが歴史的にまずかったです。
最悪がお肉料理。ステーキにホワイトソースがかかっていました。ホワイトソースといっても、きのこスパゲッティにかかっているあれです。お肉を切ると、その血がホワイトソースの中に一筋ふた筋残って余り食欲をそそりません。ステーキのソースはやはりこげ茶色に限ります。

その前のお魚は、すずきの切り身を焼いたもので、それ自体大変おいしかったのですが、ソースがまったくかかっていません。塩味もほとんどなく、お醤油を注文したくなりました。それに皮をとっておくと皮の臭みが取れてもっとおいしかったと思うのです。

デザートはイチゴ杏仁豆腐のうえにブルベリーアイスクリームを載せたもの。これは載せないで別々に出したほうが食べやすいしおいしいです。杏仁豆腐の甘さがアイスの甘さを殺して酸っぱいアイスに感じてしまいました。

結論:機能のコックさんは絶対にセンスがないです。センスのない方はオリジナル料理には挑戦しないほうがいいと思いますね。

と文句を言いながら、全部食べてしまいました。メタボが心配です。

月曜日, 1月 28, 2008

泉くん

エメラルドの伝説という曲を知っていますか?わがおもちゃのiPodの中に偶然入っていました。
ショーケン(萩原健一)がボーカルをしていたテンプターズの曲です。
今では信じられないような甘い声で
♪湖に君は身を投げた 花のしずくが落ちるように ・・・という曲です。

自分は中学生のころから下宿をしていて、高校になったときに下宿が変わりました。そこでふすま一枚隔てた隣になったのが、川口泉君です。同じ高校の同級生です。クラスは一緒でなかったと思いますが自信がありません(3クラスしかないので全員が同じクラスのイメージです)。

泉君はちょっと長髪で、特に前髪が目の前にかかって傍目にはうっとうしそうというか、目つきが悪くなると思うのですが、当人はかき上げる姿が格好いいと思っていたようです。
泉君とはじめて会ったとき、
泉「君はどんな曲が好きなの?」
ボク「舟木一夫かなぁ、高校三年生とか学園広場とか、青春歌謡だよね」
「君は古い、世の中はビートルズの時代だよ、日本もグループサウンズの時代だよ」
「で、君は誰が好きなの」
「テンプターズがいいね。ショーケンが格好いいよ。タイガースはファンが多すぎて大衆受けしていてよくない」
といって歌ってくれたのがこの曲です。

♪逢いたい君に逢いたい 緑の瞳に僕は見せられたぁー
という絶唱部分ではアクションつきで

「ここのところで多くの女の子が失神するんだよ」
と教えてくれました。
泉君の絶唱を聞いていても誰も失神するとは思えなかったですね。

泉君とは3年間ふすま一枚隔てた部屋で過ごしました。1ヶ月も口を聞かないこともありました。
彼の恋文を届けたこともありました。頼みもしないのに、僕の代わりに電話をかけてくれたこともありました。

学園紛争が盛んであったあのころ、三島由紀夫が自決したあのころ、北陸の田舎町の高校生はちょっとだけ長髪にして、内緒でグループサウンズに親しんで反体制になったつもりで、
でも粛々と受験勉強をしていたのです。
ちなみに泉君はにしきのあきらも好きでした。

今、泉君は富山県の雪深い山奥(南砺波郡福光町、いまは南砺市福光)で眼科をしています。今調べたらなんと医師会の理事です。
http://www.fitweb.or.jp/nanikai/yakuin.htm

エメラルドの伝説の思い出でした。

日曜日, 1月 27, 2008

たらいまわし2

ゴルフもキャンセルして寝ていました。ゴルフを病休するなんで本当に不覚のいたすところですね。

こういうときにおもちゃ=iPodが役に立ちました。一日かけて多くの曲の歌詞を登録しました。名曲はやはり歌詞もいいですね。
インフルエンザのほうは、ほぼ下熱し、最高でも36.9℃となりました。時々咳き込むことはありますが、鼻やのどの炎症は回復の傾向にあります。しかし、まだ鼻水や痰は多いです。それに何よりも増して声がひどいです。

たらいまわしの語源は、どうも曲芸師の芸から来ているようです。仰向けに寝て足でたらいを回すのですが、数人で回したたらいを次々に他の人に送る芸もあり、これがいわゆる「たらいまわし」の語源のようです。異論があるかもしれませんのでそしたら教えてください。

土曜日, 1月 26, 2008

たらいまわし

朝650ののぞみ100号で、名古屋から上京。
大学の4年生の臨床実技試験のご挨拶(900から)に間に合う。
1200まで臨床実技試験を視察というか学生を激励して、
1300に社会保険中央総合病院へ。

そこでのシンポジウムに参加。
主催は内科系学会社会保険連合というところで、
早い話が内科系の学会が集まって診療報酬を挙げてくださいという提案というか圧力を厚生労働省にかけようというものです。
自分はこんなことにも関係していてシンポジストをしました。
論旨は、質の高い医療、安全な医療を目指すのは医師として当然であるけれどそれにはそれ相応のお金がかかりますよとうこと。
そのあと、外科系の学会の先生、小児系の学会の先生、看護系の学会の先生の発表がありました。

その際話題になったのは、最近よく報道される救急患者のたらいまわし。
いろいろな意見が出される中、「なぜたらいまわしというのか」ということが気になって一人で悩んでいました。

ちなみに最近では「たらいまわし」という表現は患者のときに使われる場合がほとんどで辞書でも用例は患者のたらいまわしです。

たらいまわしはなぜたらいまわしというかご存知ですか?
では3択の問題にしましょう。
1.海女のたらい
2.洗濯のたらい
3.曲芸師のたらい
さてどれでしょう?

答えは明日にしましょう。

金曜日, 1月 25, 2008

神島

朝、ホテルの部屋から朝焼けと船の行き交うのどかな鳥羽湾が見えました。ホテルの朝定食は立派な御膳でした。
950発の市営連絡船で神島に向かう。今回の目的は神島の診療所の奥野医師に面会することです。

神島というのをご存知ですか? 三島由紀夫の「潮騒」の舞台になった島です。今の人口は450人、5年前は500人。鳥羽から一日4便の市営連絡船が出ており、約40分でつきます。ただ神島は伊良子崎と鳥羽の狭いとこにあるので海流も速く、今日も強い風が吹いて大きな波が立ち、素人にはつらい船旅でした。

5年前にも先生にインタビューしたのですが、今回また僻地医療のこととか、医師不足の原因とかいろいろお話を聞くことが出来ました。感激したのは、「先生のご専門は何ですか?」とお聞きしたら「神島です」との答え。地域医療の原点を見るような気がしました。因みに、先生のお父様も島の診療所に勤めておられたそうですごいなぁとおもいます。

実は、朝ホテルで熱っぽかったというか、熱くて寝れなく、インタビューの間も熱っぽかったので、インタビュー終了後、奥野先生の患者になり見ていただきました。体温は38.2℃、鼻水の検査で、インフルエンザAが検出されました。奥野先生はちょっとうれしそうに、「タミフル、飲む?」「ハイ、いただきます。」「1日で熱は下がるよ。」ということになりました。熱が38℃を超えていたにもかかわらず、インタビューをちゃんとしたこのプロ根性に、われながら驚きますね。神島の写真を以下のところにアルバムにして載せました。見てやって下さい。
http://www.imagegateway.net/a?i=KlwhNadCLq
1530の連絡船でと場に戻りました。帰りは行き以上に大嵐、波間に漂う木の葉状態でした。ただの上下運動でなくローリングが入ると船酔いしますね。

1645発のJR快速みえで鳥羽から名古屋に移動。JRはこのあたり近鉄と並行して走っていて、競争に負けています。単線で電化もされていません。2両編成の列車でした。ローカル線の楽しみを味わいました。
名古屋では、駅の上のウェスチンホテルに泊めていただき、夕飯はある方のご招待で、香楽という老舗の名古屋コーチンの料亭でいただきました。鳥がこんなにおいしいものとは思いませんでした。ささみのお刺身なぞ絶品です。(写真)
http://r.gnavi.co.jp/n008600/

今年行った県が2県増えました。
1神奈川(自宅) 2東京(職場) 3千葉(ゴルフ) 4栃木(自治医科大学) 5群馬(群馬大学) 6三重(神島) 7愛知(名古屋)